タンゴセラピーとは

アルゼンチンタンゴがパーキンソン病にもたらす効果について。そして、その効果を日本国内で実証するために、私たちが行っている取り組みについてお伝えします。

◆パーキンソン病は、こんな病気です

パーキンソン病は「ドパミン」という神経伝達物質の減少によって起こります。「ドパミン」は、人の体が本人の意図したとおりに動くよう、脳内で指令を出す役割を持っています。それが減少することで、体に脳からの指令がうまく伝わらず、さまざまな障害があらわれるのです。高齢になるほど発症する確率が高くなるとされていますが、若年層でも発症例はあります。

 

【主な症状】

■体の動きがゆっくりになる

■立っている時や歩行時に体幹が前屈し、バランスが取りづらくなる

■歩く時に足が前に出にくくなる(「すくみ足」といいます)

■歩行が小刻みになる

■全身が固まり、動けなくなる

■顔の筋肉が固まり、表情がなくなる

■手足が小刻みにふるえる

■言葉が出てこない、呂律がまわらないなどの言語障害

 

※パーキンソン病診療ガイドライン 日本神経学会2018

 

 

◆タンゴがパーキンソン病に効果がある理由

【歩行への効果】

前後左右への歩行を中心としたステップ、リズミカルな重心移動。こういったアルゼンチンタンゴ特有の動きが、パーキンソン病による歩行異常に効果を発揮します。

 

特に後ろ歩きの効果は高く、「すくみ足」が起こって歩行が難しくなった際に、少し後ろ歩きを試してみるだけでも前に歩行できるようになる場合があります。

 


【脳への刺激】

音楽を聴き、パートナーの動きを感じ、ステップに注意を払いながら踊る。それにより、特異的に低下していた脳の活動を高めることが期待できます。

 

【抱擁による幸せホルモン分泌】

パートナーと手を取り合って組むことをアブラッソ(スペイン語で抱擁という意味)といいます。アブラッソによる触れ合いにより、「オキシトシン」というホルモンが分泌されます。この「オキシトシン」は「幸せホルモン」とも呼ばれ、身体の免疫力アップ、ストレスの緩和、心臓の機能の向上、モチベーションの向上などの効果があることがさまざまな研究から実証されています。

 

 ※Muhammad, A.A., Sugandi, L. S., Netty D. P. (2018). Effectiveness of Hugging in Reducing Depression and The Feeling of Powerlessness in The Affected Adolescents. Universitas Mulawarman, Samarinda, East Kalimantan Mid-International Conference of Public Health2 Conference paper.

 

【社会とのつながりの回復】

 パーキンソン病の発症により仕事や趣味の活動など社会生活全般に制約が生じる。さらに、病気に対する負い目を感じ、自ら人とのかかわりを避け、閉じこもりがちになる。そういった背景から、社会やコミュニティとの関係を維持できなくなってしまう患者さんは少なくありません。しかし、アルゼンチンタンゴ自体が人とかかわり、触れ合うことが前提の社会的活動です。アルゼンチンタンゴを通して、社会との関係性を回復することにもつながるのです。

◆タンゴサプリが行っている取り組み

【はじめに:私たちのポリシー】

~一人ひとりが思い思いの形で、

 自由にアルゼンチンタンゴを楽しむことが第一です~

 

閉鎖的・排他的な組織にするつもりはありません。パーキンソン病患者またはその関係者であるか否かに関わらず、アルゼンチンタンゴを踊ってみたい方、タンゴセラピーを体験してみたい方に向けて広く門戸を開いています。関わり方も自由です。「定期レッスンだけやってみたい」「研究プログラムにだけ関わりたい」いずれも歓迎します。

【定期レッスン】

患者さんの個々の状態に配慮した、歩行中心のレッスンを月に1回程度行っています。メンバーは流動的ですが継続して通ってくださる方も多く、ご家族と共に参加される患者さんもいらっしゃいます。単発での参加も可能です。

踊りの上達を目的にする必要はありません。皆さん、気軽に楽しんでいます。ステップが間違っても気にしない!(タンゴに“間違い”はないのです)

患者さんたちからは、症状の緩和・改善効果だけでなく、楽しみを持つこと・仲間ができることで「外に出ることへの前向きな意欲が沸いた」との嬉しい感想を多くいただいています。また、共に参加したご家族の方からも「一緒に踊れて楽しかった。愛情が深まった」という声があがっています。患者さんだけでなく、ご家族の方への癒し・幸福感向上の一助にもなっているようです。

 


【タンゴセラピーのプログラムの実施】

オリジナルプログラムで、オンラインのタンゴセラピーを行っています。インターネット環境さえあれば、全国どこからでも受講可能です。

 

可能な方には、対面でのレッスンも行っています。実際にペアを組んで、アルゼンチンタンゴの基本的なことを練習します。

対面レッスンは、こんな感じ!(参加者に合わせて内容は変更します)

 

簡単な自己紹介とストレッチで気持ちも体もほぐした後、講師のフォローのもと、音楽に合わせて基本のステップでフロアを歩行してみます。

 

ペアの相手に体を支えられながらゆっくり動くので、足運びやバランス感覚に不安のある患者さんも、安全にステップを踏むことができます。普段、1人では後ろ歩きが難しい患者さんでも、アルゼンチンタンゴのステップでならスムーズに後ろ歩きができる方は多いのです。この後ろ歩きが、日常での歩行機能改善に効果絶大!

 

ローテーションでペアを変えながら、ミロンガ(タンゴのダンスパーティ)のような形で、フロア内を円になって動いてみます。うまく動けるかどうかなんて関係ありません。いろんな人と、呼吸を合わせて動くことでコミュニケーションを取るのは、とても気持ちが良いですよ!

 

通常、アルゼンチンタンゴは男性がリードするのですが、初心者の男性患者さんには、ペアの相手がリード役に回ります。慣れてくれば、患者さんがリード役になることも十分可能です!

疲れる前にこまめに休憩を挟む。気が乗らない時には無理強いはしない。患者さんに無理のないペースで進めながら、通常は1時間半程度で対面レッスンは終了です。

 

タンゴセラピーの効果を実証するための研究に参加してくださる患者さんには、レッスンを受ける前と後に簡単な運動機能の測定を行っています。レッスン後に「片足立ちで立てる秒数が大幅に伸びた」「歩幅が広くなった」など、運動機能に顕著な改善を見せる患者さんは少なくありません。

 

もちろん、研究に参加しない場合もタンゴセラピーを受けることは可能です。お気軽にお問い合わせください。

◆タンゴセラピーの成果について

プログラムを実践したパーキンソン病患者さんが、オンラインイベントで体験談を語ってくれました。

 

<患者さんたちの声>

実践前:

「毎朝起きた時に歩くことができず、這ってトイレまで進んでいた」

⇒実践後:

アルゼンチンタンゴの足運びを意識することで、歩いて進めるようになった」

 

実践前:

「包丁がうまく握れず料理をする度に手が傷だらけになっていた」

⇒実践後:

「普通に包丁を扱えるようになり、いまは傷がない」

 

実践前:

「外出した際、商店のガラスに腰の曲がったおばあさんが映っていると思ったら自分だった。そのくらい前かがみになっていた」

⇒実践後:

「前屈姿勢が改善された」

 

実践前:

「体のバランスがうまく取れず、杖がないと外出ができなかった」

⇒実践後:

「杖なしで外出できるようになった」

 

 

その他にも、「オフ(薬の効き目が切れている状態)の時間が短くなった」など、さまざまな症状の緩和・改善が見られたという声がありました。

 

これまで研究プログラムを実践した患者さんたちは決して大人数ではありませんが、毎回何らかの効果が確かに出ているのです。その積み重ねが、私たちの取り組みは間違っていないという自信になっています。

 

以上のように、パーキンソン病患者さんがタンゴセラピーに取り組むことにより、さまざまな効果が顕著に見られます。

 

患者さんたちが外に出て人と触れ合う楽しみを実感できること、それ自体も素晴らしいことです。「もっと外に出たい。たくさんの人と、社会とつながりたい」という前向きな気持ちは、QOL(Quality of life=人生の質、生活の質)を高めます。

 

ゆくゆくは、タンゴセラピーを経た患者さんたちが、経験を活かしてボランティアとなり、新たな参加者をサポートする。そしてお互いのQOLをさらに高め合う。そんな好循環が生まれていけば……と願っています。

■参考:

・タンゴサプリ・オンラインシンポジウム2021